新聞記事
このブログは自然葬をベースにした新しい形の森林環境保全策を提案するものです。しかし、実のところは既にこのような形で提案する以前の平成15年、個人的に5町歩の山林を取得し、整備と同時進行で実験的に2年間のうちに数例の自然葬を実施してまいりました。評判はとてもよいものでありました。その結果として、地域全体で取り組む事業として十分に価値のあるものだという確信を得て反対意見もあることを覚悟の上で、地域住民の方々に事業提案をする決心をしました。しかし実際には、事業に対する嫌悪感は想像以上のものがあり、それ以降現在にいたるまで、地域住民の方々の意思を尊重して自然葬の実施そのものを自粛している状態です。この記事は2005年12月 地元新聞に掲載されたものですが、場所を特定するような部分についてはあえて黒塗りしました。





私のお山自慢
きまぐれ日記
お寄せいただいたコメント
自然を経済的発展の手段としてしかとらえられなくなってしまった現代社会に生きる人にとって、自然葬は自然と人間との関わりを再認識する大変よい機会になると思います。
しかし、家を最小単位として明治時代に形成された国家である日本に生きる人にとって、墓のない自然葬を受け入れるには、それを妨げてしまう、個人がとらわれている社会通念が多すぎるのかもしれません。森羅万象の一員である人間が死んでその肉体が土に帰るということは、しごく当たり前のことのはずです。そんな至極当たり前のことに対してこの新聞記事に記載されているような反発が起こってしまうところに、経済至上主義の現代社会に対する苛立ちがあります。
私たちは、経済至上主義の現代社会を自分たちの手で変えていく努力をしなければならないと思います。国家を単位として認識されることの多い現代社会ですが、家族や地域といった小さな共同体の一員として自分自身をとらえ、社会はそのような共同体の連合であると認識することによって、個人である私たちが社会を作るのだという認識をしなければなりません。そのとき、私たちは私たちがとらわれている様々な社会通念や虚構から自由にならなければならないのです。
Posted by: DY | 2006年01月16日 13:02