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住民感情の問題

 15年間の“すすめる会”の活動において常に問題となってきたこと、それは再生の森に対する地域住民の感情の問題であり、現在自分が直面している問題が当にこのことです。

 決して“すすめる会”はこれまで日本人が抱いてきたお墓に対する価値観、存在意義を否定しているわけではありません。一つの選択肢として“自然葬”という新しい葬送形態を提案し、それに伴う社会的メリットを述べているに過ぎません。そのことに関しては、強く反対する理由も無いでしょう。

 ところがこれが実際に“再生の森”での実施となるとそれほど簡単に物事は進みません。自分たちの生活圏内ということであれば地域住民にとっては一大事です。初めから好意的に受け止められるなどということはほとんど絶望的でしょう。
 その唯一・絶対的な理由が“感情”、“気持ち”の問題です。これまで日本人が抱いてきた死生観、宗教観、遺骨に対する畏れの気持ち等々からして身近な場所で人間の遺骨が、例え粉末状で識別不能であったとしても、撒かれるということに大きな抵抗を感ずることはどうしようもないことです。ですから同じ自然葬であっても海上での場合にはほとんど問題なく実施されています。法的な解釈、土地の所有権、などということはほとんど取るに足らない問題であり、感情的に受け入れることが出来ないという一点のみに問題は集約されるはずです。観光、農業などでの風評被害を恐れるということも突き詰めれば同じことに端を発しているのでしょう。ですから、事業の理念に関しては仮に高い評価をすることが出来たとしても、自分の生活圏内での実施というものには強い拒否反応を示すのです。その様な感情を地域の方々が抱かれるということは現在の社会風土からして当然のことであり、そのことを、第三者が非難するようなことは正しくないと思います。

 感情的に拒否反応を示している方々に対してどれだけ事業の正当性、効果を力説したところであまり意味のあることではないでしょう。また、その様な住民の方々の感情を踏みにじるような方法をとって事業化したとしてもそれはいずれ大きな問題を引き起こすはずです。どの地域であったとしても住民のご理解が得られなければ自然葬を望む方々にとっても気持ちのいいものではないはずです。自然葬が実施出来ればそれで良いという問題ではありません。自然葬を行う側の権利と共に、その地域で生活する方々の自然葬を拒否する権利も尊重すべきでしょう。お互いの権利の主張だけでは決して良い結果が得られるはずありません。

 私の考える自然葬を核とした環境保全の事業に関しては特に地域の方々のご理解と協力が無ければその理念に沿った活動が展開できるとは思えません。また、活動の中では地域の意思というものを反映されるべきでしょう。
 自分としてはなるべく早く事業化したいという想いを非常に強く持っています。
 社会全体での盛り上がりを期待し、そのことが少なからず地域住民の感情を揺さぶるのではないかと希望的に考えています。

 予備知識も無い方が自然葬を行う森ということで抱かれるイメージは“墓場(はかば)”的な暗さを伴うものだと想像します。しかし、その様な森はむしろ今現在整備を放棄されてしまっている森林であり、目指しているのは生命の躍動感あふれる森です。

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